生成AIが効くのは「探す」と「下書きする」

品質クレームや社内の不具合への対応は、おおむね次の作業でできています。

  1. 不具合の内容を整理し、影響範囲を確定する
  2. 似た不具合が過去になかったか、過去トラ(過去のトラブル事例)や対策記録を探す
  3. 原因を調べ、根本原因を特定する
  4. 対策を決め、効果を確認し、再発防止を標準化する
  5. 顧客向け・社内向けの報告書(8Dなど)をまとめる

このうち生成AIが特に効くのは2と5です。過去の報告書は、品番も表現もばらばらな文書として蓄積されていることが多く、キーワード検索では見つけにくいためです。RAG(検索拡張生成:社内文書を検索して、その内容を根拠に生成AIが回答する仕組み)を使うと、「表現は違うが同じ現象」の過去事例を探しやすくなります。

国内では、日立が2026年6月に品質保証業務のAIエージェント「品質ナレッジシステム」の提供を始め、自社工場でトラブル対応事例の検索時間を約9割削減したと発表しています(同社発表)。

一方で3の根本原因の特定は、現物の確認、工程データの分析、試験を伴う判断で、生成AIに任せてはいけない部分です。

8Dの段階ごとの任せ方

8D(Eight Disciplines)は、自動車業界などで使われる不具合対応と報告の手順です。段階ごとに、生成AIに任せられる範囲を整理すると次のようになります。

段階内容生成AIに任せられること人が持つ判断
D1チーム編成過去の類似事例の担当部署の提示メンバーの決定
D2問題の記述クレーム文面から5W2Hの整理案を作る事実の確認
D3暫定対策過去の暫定対策の例を提示対策の決定と実施
D4根本原因の特定過去の原因の候補一覧、なぜなぜ分析の書式整理原因の特定(現物・データ・試験による)
D5恒久対策の選定過去の恒久対策と効果の例を提示対策の選定
D6恒久対策の実施と効果確認効果確認の記録の要約効果の判断
D7再発防止水平展開すべき類似品番・工程の候補提示標準・FMEAの改訂
D8完了と称賛報告書の清書承認

各段階の詳しい使い方は8Dレポートを生成AIで下書きするで扱っています。

クレーム受付から過去トラ検索、原因調査、対策、報告書作成までの流れで、生成AIが支援する部分と人が判断する部分を色分けした図 クレーム受付D2整理案 過去トラ検索RAG・類似事例 原因調査・特定現物・データ・試験 対策の決定効果確認 8D報告書下書き→人が承認 生成AIが支援する部分 人が判断する部分 完了した報告書を過去トラに追加
品質クレーム対応での生成AIの位置づけ。過去トラの検索と文書の下書きを担い、原因の判断と承認は人が行う。

過去トラを「AIが探せる形」に整える

RAGの精度は、検索対象の文書の質で決まります。過去の不具合報告をそのまま入れても、期待した精度は出にくいのが実情です。整えるべき点は次のとおりです。

  • メタデータを付ける:品番、工程、設備、不良コード、発生日、顧客、対策の完了状況。検索結果を品番や工程で絞り込めるようにする
  • 版を管理する:同じ不具合の報告書が暫定版と最終版で複数あると、古い原因を引用してしまう。最終版を正とし、それ以外は除外するか版を明示する
  • 不良コードをそろえる:同じ現象が部署ごとに違う言葉で書かれていると、類似事例の検索が難しくなる。不良コードの体系をそろえてからメタデータに使う(不良コード・停止理由コードの設計を参照)
  • 図や写真の扱いを決める:不具合の報告では写真や図が重要だが、テキスト化しないと検索できない。キャプションや所見を文字で残す

詳しい条件は品質記録・過去トラのRAG検索で扱っています。

根本原因の判断を人に残す理由と設計

生成AIは、過去の事例から「それらしい原因」を文章として生成できます。これは候補の洗い出しには便利ですが、次の理由で根本原因の判断には使えません。

  • 生成AIは今回の現物を見ていない。過去事例と表面上似ていても原因が違うことはよくある
  • 生成AIの出力には、根拠のない内容が混ざること(ハルシネーション)がある
  • 顧客への報告書に書いた原因は、品質保証上の責任を伴う

運用の設計としては、生成AIの出力に必ず根拠となった過去報告書へのリンクを付ける、原因欄は「候補」として提示し担当者が選択・記入する形にする、承認のフローは従来どおり人が行う、という形が現実的です。

効果の測り方

品質クレーム対応での生成AIの効果は、次の指標で測ります。

  • 過去事例の検索にかかる時間(日立の発表は、この種の指標で約9割削減としている)
  • クレーム受付から暫定対策までの日数
  • 8D報告書の作成時間と、差し戻しの回数
  • 水平展開の漏れ(後で同種の不具合が別の品番で再発した件数)

最後の指標は、生成AIで過去事例を探しやすくなったことの本来の価値を示します。時間の削減だけでなく、再発の防止につながっているかを見てください。

よくある質問

顧客の情報を含むクレーム文書を生成AIに入れてよいですか

社外のクラウドサービスに入れる場合は、契約上の守秘義務、データの保存場所、学習に使われない設定かどうかを確認してください。社内規程で入力してよい情報の範囲を決め、必要なら閉域環境やオンプレミスの構成を選びます。

過去トラが紙やPDFでしか残っていません

PDFでもテキストが抽出できればRAGに使えます。スキャン画像の場合はOCRが必要です。ただし量が多い場合は、まず直近数年分と重大な不具合から整備し、効果を確認してから範囲を広げるのが現実的です。

FMEAとも連携できますか

できます。不具合の対策が決まったら、関係するFMEAの故障モードや対策欄の改訂候補を生成AIに提示させる使い方があります。改訂の判断は設計・品質の担当者が行います。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。