保全部門のAIは「記録」から始めると失敗しにくい

設備保全でAIを使う場面は、大きく5つに分けられます。点検記録のデジタル化、保全履歴の検索と対処法の提示、異常検知、故障診断と余寿命推定、そして保全計画の最適化です。このうち予知保全と呼ばれるのは後半の3つで、前半の2つは「記録と知識」を扱います。

始める順番は前半からを勧めます。理由は単純で、予知保全のアラームが当たっていたかを確かめるには、いつ・どの設備で・何が起きて・何をしたかという保全記録が要るからです。保全記録がCMMS(設備保全管理システム)の自由記述欄に散らばっていると、教師ラベルが作れず、異常検知モデルの評価ができません。点検記録と保全履歴を先に整えることは、それ自体で効果が出る取り組みであり、同時に予知保全の土台にもなります。

なぜ時間基準の予防保全だけでは不十分なのかについては、ARC Advisory Groupの分析がよく引用されます。同社は故障の18%が経年起因、82%がランダムに起きるとしており、決まった周期で部品を替えるだけでは大半の故障を防げないことになります(Reliable誌のまとめによる)。ここに状態監視とAIの出番があります。

5つの使い方と必要なデータ

使い方AIの役割必要なデータ始めやすさ
1. 点検記録のデジタル化紙の点検表・メーター値をAI-OCRや画像認識で読み取る点検表、メーター画像高い
2. 保全履歴の検索・対処法提示過去の故障と対処を生成AI(RAG)で検索し回答する保全記録、取扱説明書、トラブル報告高い
3. 異常検知正常時の振動・電流・音から外れた状態を知らせるセンサの時系列(数週間〜数か月の正常運転)中
4. 故障診断・余寿命推定どこが・何が壊れかけているか、あと何日もつかを推定故障モード別のデータ、故障までの履歴低い
5. 保全計画の最適化停止計画と部品手配を生産計画と合わせて組む生産計画、部品在庫、作業員の空き低い

使い方1と2は、センサを付けなくても始められます。使い方2では、生成AIで保全記録や取扱説明書を検索する仕組み(RAG:社内文書を検索してから回答を作る方式)を作ります。詳しくは保全向け生成AIコパイロットで扱っています。

使い方3以降は、センサとデータ収集の仕組みが必要です。振動・電流・音のどれを測るかは故障モードで決まります。実工場では故障まで運転し続けたデータがほとんどないため(壊れる前に部品を替えるため)、余寿命の回帰予測より、劣化指標のトレンド監視や異常検知から始めるのが現実的です。

保全AIの5つの使い方を、記録と知識の段階から状態監視の段階へ進める順番で並べた図 段階1:記録と知識(センサ不要) 段階2:状態監視(センサ必要) 1 点検記録のデジタル化 2 保全履歴の検索・対処法 3 異常検知 4 診断・余寿命 5 保全計画最適化 段階1で整えた保全記録が、段階2のアラームが当たったかを判定する正解ラベルになるCMMS・MESの作業指示とつなぐと、アラームから対応までが記録に残る
保全部門のAIは「記録と知識」から「状態監視」へ進めると、ラベルと信頼がそろう。

公開データで見る保全の損失と効果

保全の改善余地を示すデータとして、米国立標準技術研究所(NIST)の調査があります。NISTの応用経済局によると、2016年の米国離散製造業の機械保全支出は573億ドル、故障による追加コストは163億ドルでした。機械保全の平均45.7%が事後保全で、事後保全の比率が高い上位25%の事業所は、下位25%の3.3倍の停止時間があったとされます。

機械保全に占める事後保全の平均比率
45.7%
NIST応用経済局(米国離散製造業、2016年データ)
事後保全比率の上位25%と下位25%の停止時間の差
3.3倍
NIST応用経済局(同上)
保全向け生成AIのパイロットで短縮した事後保全時間
25%
Siemens発表(Industrial Copilot、2025年3月)

生成AIの側では、Siemensが2025年3月に保全向けIndustrial Copilotを発表し、パイロットで事後保全の時間を平均25%短縮したとしています(同社発表)。国内では日立製作所が、産業プラントの保守で熟練者の知見を整理し、生産性30%向上、OJT時間90%削減を報告しています(日立調べ)。どちらもベンダー自身の発表であり、対象設備や比較条件は公表範囲に限られる点に注意が必要です。

予知保全に進むときの判断基準

使い方3以降に進む前に、次の3点を確認します。

  • 重要設備と故障モードが決まっているか。FMEA(故障モード影響解析)などで、止まると損失が大きい設備と、その壊れ方を特定してから、測るセンサを選びます
  • アラームを受けた後の手順があるか。アラームが出ても誰が何をするかが決まっていないと、現場はアラームを無視するようになります
  • 誤報のコストを見積もったか。McKinseyは誤報率10%で、ある予知保全プログラムの節約効果が消えた事例を挙げています(Reliable誌による二次情報)

データの集め方は予知保全の失敗理由と、ラベルの作り方はCMMSの保全記録を教師ラベルにする方法で詳しく扱っています。紙の点検表が残っている場合は紙の記録のデジタル化から着手します。

保全とMES・生産側をつなぐ

保全AIの効果を損益で示すには、停止時間を生産側の損失に換算する必要があります。停止時間が設備の稼働実績(MESや設備の稼働ログ)と結びついていないと、「アラームで何時間の停止を防いだか」が数えられません。保全計画の最適化(使い方5)では、生産計画との調整が前提になります。保全部門単独ではなく、生産管理と情報システムを最初から巻き込んでおくと、後の段階で手戻りが減ります。

よくある質問

センサを付けなくても保全にAIは使えますか

使えます。点検表のデジタル化や、保全記録・取扱説明書を生成AIで検索する仕組みはセンサなしで始められます。これらで整った保全記録は、後で予知保全を評価するときの正解ラベルとしても使えます。

予知保全と予防保全はどう違いますか

予防保全は決まった周期や稼働時間で部品を替える方法、予知保全は振動・電流・音などの実測データから状態を判断し、必要なときに手を打つ方法です。ARC Advisory Groupは故障の82%がランダムに起きるとしており、周期だけでは防げない故障を予知保全で補います。

保全記録が自由記述で汚いのですが、AIで整理できますか

生成AIで設備名・現象・処置を抜き出して下書きすることはできます。ただし故障部位や原因の分類は社内で定義を決め、熟練者が確認する工程を残してください。分類の定義が揺れると、後の異常検知の評価も揺れます。

この記事に出てくる用語

用語集(日・英・中)をすべて見る

この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。