25%短縮は「故障を予知した効果」ではなく「調べる時間の短縮」
Siemensは2025年3月のハノーバーメッセで、予知保全サービスSenseye Predictive Maintenance向けの生成AI「Maintenance Copilot」をEntryとScaleの2つのパッケージで拡充すると発表しました。同社によれば、パイロットで事後保全(壊れてからの修理)にかかる時間が平均25%短縮したとされます。
この数字は、センサデータで故障を事前に予知したことによる効果ではありません。故障が起きた後、保全担当者が原因を調べ、手順を確認し、修理を終えるまでの時間のうち、マニュアルや過去の修理履歴を探す時間を生成AIで短くした効果と読むのが妥当です。パイロットの顧客名、対象設備、比較の方法は公表資料では確認できないため、自社での効果を見積もる根拠としては扱いにくい数字です。
一方で、この数字が示す方向性は実務的です。事後保全の時間の中には、設備の取扱説明書を探す、同じ症状の過去の修理記録を探す、詳しい人に電話で聞く、といった「調べる時間」が多く含まれています。ここは生成AIの得意分野です。
保全業務のどこに生成AIが効くか
生成AIが効くのは、症状から関連するマニュアルの該当箇所を探す、同じ設備や同型設備の過去の修理記録から似た事例を探す、手順や必要な部品を要約して示す、作業後の保全記録の下書きを作る、の4つです。いずれも、すでに文書やデータとして存在する情報を、探して整理する作業です。
逆に、故障の原因を最終的に判断すること、安全上その作業をしてよいかを決めること、ロックアウトなどの安全手順を省略してよいかを判断することは、人が持つべき領域です。生成AIは事実と異なる回答(ハルシネーション)をすることがあり、特に数値(トルク値、圧力、温度の設定値)や安全手順の誤りは事故につながります。
国内外の取り組みの比較
保全業務への生成AIの適用は、Siemens以外でも進んでいます。
| 取り組み | 内容 | 公表されている成果・状況 |
|---|---|---|
| Siemens Senseye Maintenance Copilot | 予知保全サービスに生成AIを追加 | パイロットで事後保全の時間が平均25%短縮(同社発表、2025年3月) |
| 日立×ダイキン工業 | 設備図面や保全記録をナレッジグラフとして取り込む故障診断AIエージェント | 2025年4月に試験運用開始、対応時間の半減を目標 |
| 日立×三菱ケミカル | P&ID・設備図面のナレッジグラフと保全記録で故障原因を特定 | 2025年12月に共同検証開始、熟練者と同等以上の速さ・正確さを検証 |
| 日立 HMAX Industry | 取扱説明書・稼働データ・エンジニアのノウハウを統合したDBでアラーム時の対処法を対話形式で提示 | 2025年12月に提供開始(空気圧縮機・給水ポンプなど) |
| 施耐德电气(武漢) | 生成AIで保全要員を支援 | オンボーディング期間が75日から15日に、技術者の離職が42%減(WEFライトハウス、2026年1月) |
日立の取り組みに共通するのは、文書をそのまま生成AIに読ませるのではなく、設備図面や配管計装図(P&ID)の構造をナレッジグラフにして、部品同士のつながりを理解させている点です。「このポンプが止まると、どの系統に影響するか」のような問いに答えるには、文書検索だけでは足りないためです。詳しくはナレッジグラフ×生成AIで解説しています。
各社の製品の違いは保全向け生成AIの比較で比べています。
導入の前提:文書と保全記録の整備
保全向けの生成AIの精度は、読ませる文書と記録の質でほぼ決まります。
1つ目は、マニュアルの版管理です。設備の改造や部品の変更でマニュアルが改訂されているのに、古い版を参照して回答すると、誤った手順を示すことになります。どの設備にどの版のマニュアルが対応するかを、設備IDと紐づけて管理する必要があります。
2つ目は、保全記録の構造化です。過去の修理記録が自由記述で、設備IDや故障部位が曖昧だと、似た事例を探しても関係のない記録が混ざります。故障コードと設備IDを整えることは、予知保全AIの教師データと同じく、生成AIの検索精度にも効きます(保全記録(CMMS)を予知保全AIの教師データにする)。
3つ目は、回答の根拠の表示です。生成AIの回答には、参照したマニュアルのページや修理記録の番号を必ず示させ、保全担当者が原文を確認できるようにします。
効果の測り方
導入の効果は、故障から復旧までの時間(MTTR)全体ではなく、その内訳で測る方が実態に合います。MTTRには部品の手配待ちや作業そのものの時間も含まれ、生成AIで短縮できない部分が大きいためです。
具体的には、故障の連絡から原因の見当がつくまでの時間、熟練者への問い合わせ件数、新人が一人で対応できた件数、保全記録の作成時間などを、導入の前後で比べます。施耐德电气(武漢)の例のように、新人の立ち上がり期間を指標にするのも有効です。
よくある質問
汎用の生成AIサービスに設備マニュアルを読ませてもよいですか?
設備メーカーのマニュアルには、利用規約で第三者への提供を制限しているものがあります。また自社の保全記録は機密情報です。社外のサービスに入力する前に、契約上の制約と、入力データが学習に使われない設定かを確認してください。
生成AIの回答が間違っていた場合の責任はどうなりますか?
最終的な判断と作業の責任は、作業者と保全部門にあるという前提で運用を設計します。生成AIはあくまで情報を探して示す道具と位置づけ、作業可否の判断を自動化しないことが重要です。
予知保全のセンサがなくても使えますか?
使えます。マニュアルと修理記録の検索は、センサデータがなくても効果が出ます。むしろ、センサによる予知保全より先に、保全記録とマニュアルの整備と検索から始める方が、短期間で効果を実感しやすい場合もあります。
- Siemens expands Industrial Copilot with New generative AI-powered Maintenance Offering(Siemens, 2025-03-24)
- Siemens Expands Industrial Copilot with New Generative AI-Powered Maintenance Offering(Manufacturing.net, 2025-03-25)
- 日立・三菱ケミカル 設備管理DX共同検証(日立製作所, 2025-12-24)
- 日立ニュースリリース HMAX Industry 生成AIエージェント(日立製作所, 2025-12-22)
- 日立のプロダクトとドメインナレッジで新たな価値を創出 フィジカルAI(MONOist, 2026)
- Global Lighthouse Network Recognizes 23 New Sites, Launches AI Platform(WEF, 2026-01-15)
この記事に出てくる用語
製造業の生成AI、どこまで任せられるか
文書検索、手順書の生成、品質報告のドラフト。人が承認する範囲と任せてよい範囲の線引き 全91本
- 製造業の生成AI活用の全体像:業務別12ユースケースと導入の順番
- 製造業の社内文書RAG入門:手順書・図面・品質記録を検索する5層構成
- Siemens Industrial Copilotの全体像:5系統の提供状況と狙い
- 生成AIの情報漏えい対策:製造業が決めるべき入力禁止情報とログ管理の7項目
