保全記録が教師データにならない3つの理由

予知保全AIの精度を評価し、診断へ進むには「いつ、どの設備で、どの部位に、どんな異常が起きたか」というラベルが必要です。このラベルの元になるのが保全記録ですが、多くの工場の記録は次の理由でそのままでは使えません。

1つ目は、自由記述であることです。「モーター異音のため点検、ベアリング交換」「Mtr音あり→BRG替え」のように、同じ事象でも書き方が人によって違い、機械的に集計できません。

2つ目は、設備IDが揃っていないことです。保全記録では「2号機プレス」、センサデータでは「PR-002」、MESでは「L1-P2」のように、同じ設備がシステムごとに違う名前で呼ばれていると、記録とセンサデータを結びつけられません。

3つ目は、時刻が曖昧なことです。故障の発生時刻ではなく、記録を書いた時刻や作業の完了日しか残っていないと、センサデータのどの区間が故障前の兆候なのかを特定できません。

予知保全AIが失敗する理由の多くは、この記録の問題に行き着きます(予知保全AIが失敗する6つの理由)。

教師データにする5つの手順

故障コード体系、設備ID統一、記録ルール、過去記録の再分類、時刻合わせの5段階の流れ 1 故障コード部位×現象×原因×処置 2 設備ID統一保全・MES・計測の対応表 3 記録ルール選択式+自由記述発生時刻を必須 4 過去記録重要設備から再分類 5 時刻合わせセンサの区間と記録を結ぶ 1〜3は新規の記録を良くする手順、4〜5は過去の資産を使える形にする手順
保全記録を教師データにする5手順。新しい記録のルールを先に決め、過去記録は後から再分類する。

手順1:故障コード体系を決める

故障コードは、部位・現象・原因・処置の4つの軸で設計するのが基本です。「部位:軸受、現象:異音、原因:潤滑不足、処置:交換」のように、それぞれを選択肢から選べるようにします。

コードの粒度は、AIで区別したい単位に合わせます。細かすぎると記録者が迷って「その他」が増え、粗すぎると診断に使えません。最初は部位20〜30種、現象10〜15種程度から始め、「その他」の記録が多い項目を後から分割するのが現実的です。

コード体系の設計の原則は、不良コードや停止理由コードと共通する部分が多いので、不良コード・停止理由コードの設計も参考にしてください。保全記録の故障コードとMESの停止理由コードを対応づけておくと、停止の記録と保全の記録を突き合わせられるようになります。

手順2:設備IDをシステム間で統一する

保全管理システム、MES、センサデータ、ヒストリアンで、同じ設備を同じIDで呼べるようにします。すべてのシステムのIDを変えるのは大きな工事になるため、まずは対応表を作り、データを結合するときに変換するのが現実的です。

設備の階層(工場・エリア・ライン・設備・部位)を決め、部位レベルまでIDを振っておくと、「どの設備の、どの軸受か」まで特定できます。ISA-95の資産モデルに沿った階層にしておくと、後でデータ基盤を拡張するときにも整合がとりやすくなります。

手順3:記録ルールを決めて入力を楽にする

記録の質は、入力の手間に反比例します。紙やExcelの自由記述を、タブレットやスマートフォンの選択式入力に変え、選択肢の後に自由記述欄を残す形にします。

必須にすべき項目は、設備ID(部位まで)、故障の発生時刻(気づいた時刻)、故障コードの4軸、作業の開始と完了時刻、交換部品、そして予知保全のアラームがきっかけだった場合はそのアラーム番号です。発生時刻と作業時刻を分けて記録することが、手順5の時刻合わせの前提になります。

手順4:過去の記録を再分類する

新しいルールで記録を始めても、故障事例が十分に溜まるまでには年単位の時間がかかります。そこで、過去の自由記述の記録を新しいコード体系に再分類し、教師データとして使えるようにします。

すべての記録を再分類するのは負担が大きいため、予知保全の対象にする重要設備の過去3〜5年分に絞ります。再分類は、保全担当者が自由記述を読んでコードを付ける作業が基本ですが、件数が多い場合は生成AIで下書きのコードを付け、保全担当者が確認する方法も使えます。その場合も、最終的な判断は人が行い、確認済みかどうかを記録に残します。

手順5:センサデータと時刻を合わせる

ラベル付きの保全記録とセンサデータを結びつけ、「故障の何日前から、どの値がどう変化していたか」を見られるようにします。ここで必要なのが、故障の発生時刻と、センサデータの時刻が同じ基準で記録されていることです。

センサやPLC、MESの時計がずれていると、数分から数時間の誤差が生じます。劣化が数週間かけて進む故障なら影響は小さいですが、短時間で進む故障や、品種切り替えのタイミングと重なる場合は誤ったラベル付けになります。時刻合わせの方法は工場データの時刻ずれ対策で解説しています。

よくある質問

保全管理システム(CMMS)を新しく導入しないとできませんか?

必須ではありません。既存のシステムやExcelでも、故障コードの選択肢と必須項目を決めれば記録の質は上がります。ただし、センサデータと自動で結合したい場合や、記録件数が多い場合は、APIでデータを取り出せるシステムの方が運用は楽になります。

再分類に生成AIを使っても大丈夫ですか?

下書きとして使うのは有効です。ただし略語や現場特有の言い回しを誤読することがあるため、保全担当者の確認を必ず通してください。確認前のコードを教師データに使うと、誤ったラベルでAIを学習させることになります。

故障事例が少ない設備はどうすればよいですか?

同型の設備をまとめてラベルを集める、正常データだけで学ぶ異常検知から始めて結果を記録していく、の2つが基本です。故障事例が数件しかない段階で、故障の分類や余寿命推定を目指すのは避けてください。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。