止まる原因はツールではなく「持ち主がいない」こと

データ基盤が止まる典型的な経緯は次のとおりです。PoCでは外部のベンダーやプロジェクトチームが基盤を作り、AIの精度も確認できた。プロジェクトが終わると、基盤の運用は「情報システム部門か生産技術のどちらか」に曖昧に引き継がれる。設備の更新でタグが変わり、データが欠け始めても、誰が直すのか決まっていない。数か月後、AIの精度が落ちていることに気付いたときには、原因を調べられる人がいない。

McKinseyの2018年調査(7市場・700社超)では、デジタル製造ソリューションの全社展開を阻む障壁として、人材を挙げた企業が69%で最も多く、C-levelの責任者を置いている企業は36%でした。IPAの「DX動向2026」では、日本企業のデータ整備・管理・流通の課題の1位が「人材の確保が難しい」51.2%でした。

全社展開の障壁に「人材」を挙げた企業
69%
McKinsey(7市場・700社超、2018年7月)
データ整備の課題に「人材の確保が難しい」
51.2%
IPA「DX動向2026」(2026年7月、全産業)
データ整備の課題に「データの標準化が難しい」
36.8%
同上

必要な役割と3者の分担

データ基盤の運用に必要な役割を、生産技術(生技)、情報システム(情シス)、データエンジニアの3者で分けると、次のようになります。1人が複数の役割を兼ねてもかまいませんが、役割ごとに責任者の名前を決めておくことが重要です。

役割主な仕事主に担う部門必要な知識
データオーナー対象データの意味と正しさに責任を持つ。良否基準・停止理由・タグの意味を決める製造部門・品質保証・生技工程と設備、品質基準
設備・収集の担当センサ・PLC・ゲートウェイの設定、タグの追加・変更、故障対応生技・保全PLC、OPC UA、設備の構造
基盤・ネットワークの担当サーバー・クラウド・ネットワーク・セキュリティ・アカウント管理情シスIT基盤、セキュリティ
データエンジニア収集から蓄積・変換までのパイプライン、MES連携、データ品質ルール、障害の切り分け専任または情シス・DX推進SQL、データモデル、MESの構造
利用者(分析・AI)分析やAIモデルの開発と運用、精度の監視DX推進・品質・外部パートナー統計・機械学習

生技と情シスの間には、ネットワーク・責任範囲・更新周期・可用性・セキュリティについて価値観の違いがあります。この違いと調整の方法はIT/OT連携の進め方で扱っています。データエンジニアは、この2者の間でデータの流れ全体を見る役割で、多くの製造業で最も不足している役割です。

生産技術、データエンジニア、情報システムの担当範囲とデータオーナーの関係 生産技術・保全設備・PLC・センサタグの追加・変更故障対応 データエンジニア収集〜蓄積の流れMES連携・変換品質ルール・監視障害の切り分け 情報システムサーバー・クラウドネットワークセキュリティ・権限 データオーナー(製造・品質):データの意味と正しさに責任
データ基盤の3者の分担。データエンジニアが、設備側(生技)とIT基盤側(情シス)の間でデータの流れ全体に責任を持つ。

最小体制と外部委託の線引き

中堅規模の工場で1〜2ラインのデータ基盤を運用する場合、兼任を含めて3〜4人が最小の体制の目安です(編集部の想定)。

  • データオーナー:対象ラインの製造課長または品質担当(兼任)
  • 設備・収集の担当:生技または保全の担当者1人(兼任、月数日)
  • データエンジニア:1人(専任が望ましい。外部委託と組み合わせ可)
  • 基盤・ネットワークの担当:情シスの担当者(兼任)

外部委託するかどうかは、その仕事が「工場の知識を必要とするか」「頻度が高いか」で線を引きます。

日立や富士通など大手ベンダーは、顧客の現場に入ってデータ整備や知識抽出を伴走するFDE(Forward Deployed Engineer)型の支援を打ち出しています(各社発表、2026年9月)。こうした外部の人材を使う場合も、社内に残す仕事は同じです。外部人材の使い方はFDE型の伴走支援とはで扱っています。

体制を決めるときの手順

  1. 対象のデータ基盤の構成図を描き、各構成要素(センサ、ゲートウェイ、ブローカー、DB、連携、ダッシュボード)の担当者を1人ずつ書き込む
  2. 担当者が書けない要素を洗い出し、社内で持つか委託するかを決める
  3. 障害時の連絡経路(誰が最初に気付き、誰に連絡し、誰が直すか)を決める
  4. データオーナーを、データの種類ごとに決める。決め方は製造データのガバナンスで扱っている
  5. 半年ごとに体制を見直し、担当者の異動に備えて手順書を更新する

よくある質問

データエンジニアを社内で育てるにはどうすればよいですか?

情報システム部門でSQLやDBの経験がある人、または生産技術でPLCや設備データに詳しい人を候補にします。どちらか一方の知識がある人に、もう一方を学んでもらう形が現実的です。最初は外部の専門家と組んで実案件を通じて学ぶと、習得が速くなります。

情シスと生技のどちらが主管すべきですか?

どちらか一方に寄せるより、データ基盤の担当チーム(または担当者)を両部門の間に置き、責任者を明確にする方が機能します。主管部門を決める場合は、データの使い道(品質・保全・生産)に近い部門が持つと、優先順位の判断がしやすくなります。

中小企業で専任を置けない場合はどうすればよいですか?

社内の兼任者がデータオーナーと一次判断を担い、構築と保守は外部に委託する形が現実的です。中小製造業の推進体制の作り方は、別の記事で詳しく扱っています。委託先を選ぶときは、設備とMESの両方を理解しているかを確認します。

この記事に出てくる用語

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この特集について

AIは「データ基盤」で決まる

PoCは成功したのに本番で止まる。原因の多くはモデルではなく、MESと設備データの側にある 全130本

  1. MESとAIの関係:ロット・作業指示・品質判定がAIの精度を決める理由
  2. 製造業AIが本番で止まる7つの理由:PoCは成功したのにラインに載らない構造
  3. 製造業のAI-OCR:紙の検査記録・点検表・ミルシートをデータ化する手順
  4. データ基盤の段階的導入ロードマップ:ユースケースから逆算する8ステップ
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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。