変数ごとの3σ管理では相関の崩れが見えない

例えば、反応槽の温度と圧力は通常セットで動きます。温度が上がれば圧力も上がる工程で、温度は高め・圧力は低めという組合せが現れたとします。どちらも単独では管理限界内なので、変数ごとの管理図は異常を出しません。しかし2変数の関係としては明らかにいつもと違い、配管の詰まりやセンサの不調の兆候かもしれません。

多変量管理図はこの「関係の崩れ」を捉えるための道具です。NIST/SEMATECHのe-Handbook(統計手法の公的ハンドブック)によると、多変量管理図はHotellingが1947年に導入したT²統計量にもとづき、複数変数の平均とばらつきを1つの値にまとめて管理します。T²は平均ベクトルと共分散行列の逆行列を使うため、変数間の相関を考慮できる点が変数ごとの3σ管理との違いです。

温度と圧力の散布図に正常範囲の楕円と単変量の管理限界の長方形を重ね、楕円外かつ長方形内の点Aを示す図 A 温度 圧力 単変量の管理限界 T²の管理限界(相関を考慮)
2変数の例。楕円の内側が正常範囲。点Aは各変数の管理限界内だが、相関の関係から外れているためT²で検出される。

PCA+T²+Qの2本立てで監視するのが定石

工程の変数が数十から数百ある場合、そのままT²を計算すると共分散行列が不安定になります。そこで実務では、主成分分析(PCA)で変数を少数の主成分に圧縮してから、2つの統計量を監視します。

統計量何を見るか大きくなったときの意味
Hotelling T²(主成分空間)主成分の得点が中心からどれだけ離れたか相関の構造は保ったまま、運転状態が普段より大きく振れた
Q統計量/SPE(残差空間)PCAで説明できない残差の大きさ普段の相関の構造そのものが崩れた(新しい種類の異常)

T²だけを見ていると、相関の構造が崩れる異常(センサ故障や新しい故障モード)を見逃すことがあります。逆にQだけでは、構造を保ったまま値が大きく振れる異常を見逃します。両方を同じ画面に並べるのが基本です。

異常を検知したら、どの変数が効いているかを寄与プロット(各変数がT²やQにどれだけ寄与したかの棒グラフ)で確認します。NISTのハンドブックが指摘するとおり、多変量管理図は「異常がある」ことは示しても原因までは示しません。寄与プロットで候補を絞り、単変量のトレンドと現場の確認で原因を特定します。

導入手順:正常データの選び方で8割が決まる

  1. 対象工程と監視する変数を決める(品質に関係する工程変数を、工程技術者と一緒に選ぶ)
  2. 正常期間のデータを抜き出す(不良や停止、立ち上げ・立ち下げの期間を除く)
  3. 運転モード(品種・負荷・季節)ごとに分けるかどうかを決める
  4. PCAモデルを作り、主成分の数とT²・Qの管理限界を決める
  5. 過去の異常事例で検出できるか、正常期間で誤報が多すぎないかを確認する
  6. オンライン監視を始め、アラームへの対応手順を決める

最も重要なのは手順2と3です。品種ごとに温度設定が違う工程で全期間をまとめてモデルにすると、品種の切替をすべて異常と判定してしまいます。運転モードごとに正常モデルを分けることが、製造で最も効く工夫です。

化学プロセスのベンチマークで練習できる

MSPCや異常検知の手法を試すときによく使われるのが、Tennessee Eastmanプロセス(Downs & Vogel, 1993)です。52の測定変数と21種類の故障タイプを持つ化学プロセスのシミュレーションで、異常検知・診断の研究で定番のベンチマークになっています。自社データで始める前に、このデータでT²とQの挙動や寄与プロットの読み方を確認しておくと、社内での説明にも使えます。

ただし、ベンチマークで検出できた手法が自社工程で使えるとは限りません。ベンチマークは運転モードが単純で、実工場のような品種切替やセンサの欠損が少ないためです。時系列の異常検知手法の評価の注意点は時系列異常検知の評価の落とし穴で扱っています。

MESと組み合わせると運用が回る

MSPCを実運用に乗せるには、2つの点でMESとの連携が効きます。

  • 運転モードの切替:MESの作業指示(品番・レシピ)を見て、使う正常モデルを自動で切り替える
  • アラーム後の処置:T²やQの超過が続いたら、MESで該当ロットを保留(ホールド)にし、検査を追加する

この2点がないと、監視画面はあっても誰も見ていない、という状態になりがちです。推論結果をMESに戻す設計はAIの推論結果をMESに書き戻すを参照してください。品質AI全体の中でのMSPCの位置づけは製造業の品質AIの4領域で整理しています。

よくある質問

主成分の数はどう決めますか

累積寄与率(例えば80〜90%)や、交差検証で再構成誤差が下がらなくなる点を目安にします。少なすぎると正常の変動がQ統計量に漏れて誤報が増え、多すぎると異常がT²の空間に吸収されてQで見えにくくなります。

非線形な工程にもMSPCは使えますか

線形PCAは非線形な関係をうまく表せません。運転モードを細かく分けて各モードでは線形とみなす方法、カーネルPCAやオートエンコーダを使う方法があります。ただし手法を複雑にするほど、寄与の解釈が難しくなります。

バッチ工程ではどうしますか

バッチ工程では時間方向の変化があるため、バッチの進行に沿ってデータを展開する多元PCA(MPCA)などの手法を使います。バッチごとの開始時刻をそろえる前処理が精度を左右します。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。