欧米大手が「主権」を前面に出し始めた

製造業向けの生成AIで、2025年後半から目立つのが「データを自社の管理下に置いたままAIを使う」ことを強調する発表です。

AWSは2025年12月のre:Invent 2025で、顧客自身のデータセンターで専用のAI基盤を動かす「AWS AI Factories」を発表しました。主権・規制対応を目的とした提供形態です。同じイベントで、独自データを使って基盤モデルを事前学習の段階から訓練できる「Amazon Nova Forge」も発表しています。基調講演の例は、ハードウェアメーカーが過去の設計・故障モード・レビュー記録でモデルを学習させるケースでした。

Dassault Systèmesは2026年7月23日、3DEXPERIENCE上のAIエージェント「Virtual Companions」を19のコンピテンシーに拡張し、3大陸にある同社の主権クラウドOUTSCALEのAIファクトリーで稼働させると発表しました。同社は顧客数を39万社としています。

日本でも同じ方向の動きがあります。Preferred Networks(PFN)は2026年10月6日、国産基盤モデル「PLaMo 3.0 Prime」をMicrosoft Foundryの企業専用閉域環境で提供開始しました。ファナックは2026年7月24日、経済安全保障を目的に国産マルチモーダル基盤モデルを研究開発するNoetraへ出資しています。

なぜ製造業で「主権」が売り文句になるのか

製造業が生成AIに渡したいデータは、図面、BOM(部品表)、工程条件、不良の解析記録、顧客仕様など、そのまま競争力の源泉になるものです。汎用のクラウドLLMに投げることへの抵抗は、他業種より強くなります。

加えて、輸出管理や顧客との秘密保持契約の制約があります。防衛・航空・半導体関連の図面は、処理する場所や国が契約で縛られていることがあり、「どの国のどのデータセンターで処理されるか」を説明できないサービスは使えません。

ファナックが2026年9月に発表したAI溶接エージェントでは、図面などのデータを別ユーザーのAI学習に使わないことを明記しています。データの扱いを明示すること自体が、製品の条件になりつつあります。

4つの選択肢

類型例処理場所向いている用途主な制約
① 公開クラウドLLM(企業向け契約)各社の企業向けAPIベンダーのクラウド一般文書、公開情報の要約処理リージョン・学習利用の条件を契約で確認
② 閉域・専用環境のクラウドPLaMo 3.0 Prime(Microsoft Foundry閉域)、Dassault OUTSCALEクラウドだが専用区画社内文書、設計情報の一部費用が上がる。提供国・事業者の確認が必要
③ 顧客DC内の専用基盤AWS AI Factories自社データセンター設計・IPの中核、規制対象データ大規模投資が前提
④ 自社運用のオンプレ・エッジローカルLLM、エッジのSLM工場・自社サーバー現場の手順書検索、設備近傍の推論モデル性能と運用体制を自社で担う

PFNはPLaMo 3.0 Primeの価格として、A100 1枚あたり1時間3.99ドル、H100 1枚あたり6.99ドル(別途Azureのインフラ費)を公表しています。閉域環境は使った時間で課金される一方、常時稼働させると費用が積み上がる点に注意が必要です。

データの管理度と費用の関係 ① 公開クラウド企業向け契約 ② 閉域クラウド専用区画 ③ 顧客DC内専用AI基盤 ④ オンプレ・エッジ自社運用 データの管理度・費用・運用負荷が上がる モデルの性能・更新頻度は左ほど有利なことが多い
主権AIの4類型。右に行くほど管理は強くなるが、費用と運用負荷も上がる。

データ別に処理場所を決める

主権AIの議論で起こりがちな失敗は、「全部オンプレ」か「全部クラウド」かの二択にすることです。実際には、データの機密度ごとに処理場所を分けるのが現実的です。

  • 公開カタログ、一般的な技術文書、社内規程:①で十分なことが多い
  • 作業手順書、品質記録、過去トラブル:②か④。MESの品番・工程と結びつく情報は外部に出す範囲を絞る
  • 図面、工程条件の中核、顧客から預かった仕様:③か④。顧客契約の制約を先に確認する
  • 設備の近くでリアルタイムに使う推論:④(エッジ)。遅延と回線断の影響を避ける

この切り分けを決めるには、社内データの機密区分が先に必要です。区分がないまま主権AIの製品を比較しても、どの製品が必要なのかが決まりません。社内ルールの作り方は生成AIの社内利用ルールの作り方、オンプレ構成は製造業のローカルLLM・オンプレ生成AIを参照してください。

よくある質問

主権AIを選ぶとモデルの性能は落ちますか

一般には、最新の大規模モデルはクラウドで先に提供されるため、閉域やオンプレでは選べるモデルが限られることがあります。ただし、手順書検索や定型文書の作成など、用途によっては小型のモデルで十分な場合も多く、性能差が業務に影響するかは用途ごとに確かめる必要があります。

海外拠点のデータはどう扱えばよいですか

拠点のある国のデータ規制が優先されます。中国拠点のデータは越境規制の対象になりうるため、日本本社側のAI基盤にそのまま集めることはできない場合があります。国ごとに処理場所を分ける設計が必要です。

中小製造業でも主権AIは必要ですか

大規模な専用基盤は不要ですが、図面や顧客仕様を外部のAIに渡すかどうかの判断は規模に関係なく必要です。企業向け契約で学習利用がないことを確認する、図面は社内のPCで動く小型モデルで処理するなど、規模に合った方法があります。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。