点予測だけでは計画に使えない
需要予測AIが「来月は1,000個」という点予測だけを出すと、計画担当者は「では何個作り、何個在庫を持てばよいか」を経験で決めることになります。予測の不確かさが分からないため、慎重な担当者は多めに、楽観的な担当者は少なめに上乗せし、AIを入れても判断は属人的なままです。
必要なのは、予測区間(分位点予測)です。たとえば「中央値1,000個、90%の確率で1,250個以下」という形で出せば、欠品をどこまで許容するかという方針から、持つべき在庫量を計算できます。
予測区間を安全在庫に変換する
考え方は単純です。調達・生産のリードタイムの間の需要について、目標サービス率に対応する分位点(95%なら上側95%点)と中央値の差が、安全在庫の目安になります。従来の「平均×標準偏差×係数」の式は需要が正規分布に従う前提ですが、分位点予測を直接使えば、偏った分布や間欠需要でも同じ手順で計算できます。
変換の手順は次のとおりです。
- 品目ごとに目標サービス率を決める(S&OPの方針として、営業・生産・財務で合意する)
- 予測モデルから、リードタイム期間の需要の分位点を出す
- 分位点と中央値の差を安全在庫とし、在庫金額の合計を試算する
- 在庫金額が予算を超える場合は、目標サービス率を品目の重要度で見直す
調達リードタイムのばらつきも安全在庫に効きます。部材の入荷が予定より遅れることが多い品目では、需要のばらつきだけでなく、リードタイムのばらつきも加味した在庫が必要です。購買・入荷の実績から、発注から入荷までの日数の分布を品目別に集計しておくと、この計算に使えます。
この手順にすると、S&OP会議の議論が「予測が当たるか」から「どの品目にどれだけ欠品リスクを許すか」に変わります。後者は経営判断であり、AIではなく人が決めるべきものです。
生産計画の確定枠と調整枠
生産計画には、通常、変更しない凍結期間(確定枠)があります。確定枠に入った計画はMESに作業指示として渡り、部材も手配済みです。予測AIの更新は、確定枠より先の調整枠に反映します。
| 期間 | 予測の使い方 | データの受け渡し先 |
|---|---|---|
| 確定枠(例:今週〜2週先) | 予測は使わず受注・内示で確定 | MES(作業指示)、ERP(製造指図) |
| 調整枠(例:3〜8週先) | 中央値+安全在庫で計画、毎週更新 | APS(生産スケジューラ)、ERP(MRP) |
| 能力計画(例:3〜12か月先) | 製品群単位の予測で設備・人員を検討 | S&OP資料、設備投資計画 |
確定枠の長さは、部材の調達リードタイムと段取りの制約で決まります。確定枠が長すぎると予測の更新が計画に反映されず、短すぎると現場が毎日の計画変更に振り回されます。予測AIを入れたのを機に、確定枠の長さが今の調達・生産の実態に合っているかを見直す価値があります。
予測をAPSやMRPに渡すときは、予測値と同時に予測区間を渡せるか確認します。多くのERP・APSは点予測しか受け取れないため、安全在庫を別途計算してマスタに登録する運用になります。このとき、安全在庫マスタの更新頻度が月1回なのか週1回なのかで、予測の更新頻度との整合が決まります。計画側のAIはAI生産スケジューリングとはを参照してください。
S&OP会議の進め方を変える
予測区間を使うと、月次のS&OP会議の議題そのものが変わります。従来の会議が「来月いくつ売れるか」の数字合わせに時間を使っていたのに対し、予測区間を使う会議では次の順で議論します。
- 需要のレビュー:予測の中央値と区間、前月からの変化、大きく変わった品目の理由
- 供給のレビュー:予測の上側(90%点など)に対して能力・部材が足りるか
- ギャップの解消:能力が足りない場合、残業・外注・在庫の前倒し・納期調整のどれで対応するか
- 方針の決定:品目群ごとの目標サービス率と在庫金額の上限
3と4が経営判断で、AIが出せないものです。予測の議論に費やす時間が減れば、この判断に時間を使えます。欧米の計画基盤ベンダーが需要予測とS&OPを一体で提供しているのは、この流れを一つの基盤で回すためです。比較はAIサプライチェーン計画の欧米勢を参照してください。
MES実績からのフィードバック
計画どおりに作れたかはMESの実績で分かります。計画数量に対して実績が恒常的に下回る品目は、需要予測ではなく能力(標準時間・歩留まり)の前提が間違っている可能性があります。予測の誤差と計画の誤差を分けて把握しないと、予測AIの責任にされがちです。標準時間と実績の乖離の扱いは生産計画AIに必要なマスタ7種で扱います。
よくある質問
S&OPがない会社でも予測区間は役に立ちますか?
役に立ちます。安全在庫の計算根拠になるだけでも、在庫量の議論が経験から数値に変わります。S&OPは、その方針を部門間で合意する場として後から整えれば足ります。
