GMPとAIの相性が悪い理由
GMP(医薬品の製造管理・品質管理の基準)では、製品の品質に影響するコンピュータ化システムについて、意図どおりに動くことを文書で示すバリデーションと、変更時の変更管理が求められます。従来のソフトウェアは、仕様どおりに作られていれば同じ入力に同じ出力を返すため、仕様と試験で検証できました。
AIモデルは、学習データによって振る舞いが決まり、再学習すれば同じ入力でも出力が変わります。さらに、精度は「何%正しい」という統計的な性能で表され、個々の判定が正しい保証はありません。この2点が、従来のCSVの考え方とぶつかります。
| 論点 | 従来のソフトウェア | AIモデル |
|---|---|---|
| 振る舞いの決まり方 | 仕様とプログラム | 学習データと学習手順 |
| 検証の方法 | 仕様に対する試験 | 評価データでの性能測定 |
| 変更の発生 | プログラムの改修時 | 再学習のたび、データの分布が変わったとき |
| 個々の出力の保証 | 仕様どおり | 統計的な性能の範囲内 |
最初に決めるのは「どの判断にAIを使うか」
GMP下でAIを使う場合、最初に決めるべきは用途の位置づけです。製品の出荷可否や工程の合否のようなGMP上の判断にAIを直接使うのか、人の判断を補助するだけなのかで、求められる検証の深さが大きく変わります。
多くの医薬品メーカーは、文書業務の支援や、人が最終判断する一次判定から始めています。日立は2026年8月、生成AIでGMP業務を効率化する医薬品製造統合基盤の提供を始めたと発表しており、まず文書・記録業務の支援が製品化されている段階です。
凍結モデルか、継続学習か
AIをGMP判断に近い用途で使うなら、モデルの扱い方を次の2つから選びます。
- 凍結モデル:バリデーションした時点のモデルを固定して使い、再学習は変更管理の手続きを経て行う
- 継続学習:運用中のデータで自動的に再学習する
GMP下では、凍結モデルを前提に設計するのが現実的です。継続学習では、モデルが変わるたびに性能を確認する仕組みを、あらかじめバリデーションしておく必要があります。
バリデーションで文書にする項目
AIモデルのバリデーションでは、従来のCSVの文書に加えて、次の項目を文書にすることが求められます。
- 意図した用途と、AIが判断する範囲・しない範囲
- 学習データの出所、期間、ロット、ラベル付けの基準と担当者
- 評価データ(学習に使っていないデータ)での性能と、合格基準
- 見逃し・誤判定が起きたときの検出方法と、人の確認手順
- 再学習の条件と、再学習後の確認手順
- モデルの版管理と、製造記録への版の記録方法
海外の動向:規制と先進工場
EUでは、AI ActがAnnex Iで既存の製品安全規制の対象製品に組み込まれるAIを高リスクとしうる構造を取っており、2026年7月に発効したAI Omnibusで、製品組込み型の高リスク義務は2028年8月2日からの適用に延期されました。医薬品の製造工程で使う品質管理のAIが直接対象になるかは用途によりますが、EU向けに医薬品・医療機器を出荷する企業は動向の確認が必要です。
WEFのライトハウスでは、中国の云南白药(昆明)が衛星センシング・IIoT・LLMを使い、原料の返品を78%、在庫日数を38%、欠品率を30%減らしたと発表されています(2025年9月)。製造工程そのものより、原料調達とサプライチェーンでのAI活用が成果として示されている点は、規制の重い業種の進め方として参考になります。
よくある質問
外観検査AIをGMP下の検査に使えますか
使えます。ただし多くの場合、AIは一次判定に使い、不良と判定されたものや判定があいまいなものを人が再検査する運用から始めます。人の検査と並行運用したデータで見逃しがないことを示してから、運用を変えるのが一般的です。
生成AIで逸脱報告書やSOPを作ってよいですか
下書きに使うことはできますが、内容の確認と承認は従来どおり人が行います。生成AIに入力する情報の範囲(製造記録、処方情報など)は、社内の情報管理ルールで決めてください。
海外の規制当局はAIのバリデーションについて指針を出していますか
各国の当局がAIの扱いについて議論や文書の公表を進めていますが、内容は改訂が続いているため本記事では個別に取り上げていません。自社の製品を出荷する国・地域の当局の公式サイトで、最新の指針を確認してください。
