12.1億元と30.7億元は別の市場を測っている

IDCは2025年10月14日のプレスリリースで、2024年の中国工業大模型応用市場を約12.1億元と発表しました(報告書番号 Doc# CHC5292992)。工業分野に限った大規模モデルの応用市場で、期間は2024年の通年です。

一方、经济日报(新华网、2026年1月9日)は、2025年上半期の中国AI大模型ソリューション市場を30.7億元、前年同期比122.1%増と報じています。こちらは製造業に限らない、全業種の大模型ソリューション市場で、期間は半年です。

項目12.1億元30.7億元
対象業種工業(製造業など)のみ全業種
対象工業大模型の応用市場大模型ソリューション市場
期間2024年通年2025年上半期(半年)
発表IDC(2025年10月14日)经济日报/新华网(2026年1月9日)

この2つを並べて「工業は全体の約4割」や「1年で2.5倍」と計算するのは誤りです。分母と分子の業種が違い、期間も通年と半年で揃っていません。

他の数字との位置関係

桁の違う数字を、対象範囲の広さで並べると次のようになります。

工業大模型応用、工業AI支出、工業インテリジェンス市場の範囲の違い 工業インテリジェンス市場:2021年 1兆3,050億元(Frost & Sullivan、広告記事経由) 工業AI支出:2028年予測 約900億元(IDC、新华网報道) 工業大模型応用市場:2024年 約12.1億元(IDC) 大規模モデルを工業に適用したソフト・サービス ※全業種の大模型ソリューション市場(2025年上半期30.7億元)は別の切り口で、この入れ子に入らない
中国の工業AI関連の市場推計を対象範囲の広さで並べた模式図。数字同士は比較できない。

IDC自身の予測にも表記の揺れがあります。新华网(2026年3月9日)は、IDCが中国の工業AI支出を2028年に約900億元、年平均成長率(CAGR)37.7%と予測したと報じましたが、IDC公式ブログ(2026年2月6日)では同じ予測のCAGRを38%としています。丸めの違いとみられますが、引用するときは出典を明記してください。数字の食い違い全般の読み方は製造業AI市場規模は6倍違うで扱っています。

IDCが「確実性が高い」とする工業エージェント5類型

12.1億元のリリースでIDCは、実装の確実性が高い工業エージェントを5類型に整理しています。日本の工場の業務に置き換えると、次のようになります。

IDCの類型日本の工場での読み替え必要なデータ
マルチモーダル知識検索図面・手順書・不具合報告の横断検索文書管理、図面、品質記録
文書生成・コンプライアンス審査作業標準・報告書の作成と規格照合文書テンプレート、規格・社内基準
大規模な物体とのコミュニケーション設備・ロボットへの自然言語での指示や状態照会設備の状態データ、制御インターフェース
経験抽出と根本原因・工程最適化不良の要因分析、条件出し工程パラメータ、品質判定、ロット履歴
システム横断クエリと自動実行MES・ERP・WMSをまたぐ照会と処理各システムのAPIとマスタの整合

5類型のうち、後半の2つ(根本原因・工程最適化、システム横断クエリ)は、MESのロット・工程・品質データが整っているかどうかで成否が決まります。生成AIの性能より、データのつながりが効く領域です。

IDCの他の予測とあわせて読む

IDCは同時期に、工業AIの周辺についても予測を出しています。IDC FutureScape 2025(中国製造業)は、AIを組み込んだ工業ソフトの比率が2024年の9%から2028年に22%へ上がると予測しました(IDC、2025年1月16日)。2028年には先進製造業の40%が生成AIでサプライチェーンリスクをシミュレーションし、30%が生成AIで品質管理を自動化するとも見ています。

これらはいずれも予測で、市場規模の12.1億元とは別の指標です。ただ、IDCが工業AIを「単体のAI製品」より「工業ソフトに組み込まれる機能」として見ていることは読み取れます。工業大模型の応用市場という切り口の数字が小さく出る一因は、AIが既存の工業ソフトの中に溶け込み、独立した市場として数えにくくなっていくことにもあると考えられます(推測)。

12.1億元は「小さい」のか

12.1億元という規模は、中国のAI産業全体から見れば小さな数字です。中国信通院によると、2025年の中国AI産業規模は1.2兆元を超えています(中国日报、2026年8月3日)。工業大模型の応用は、その中のごく一部にすぎません。

これは、工業での大規模モデルの活用が、まだ検証から本番への移行期にあることを示していると読めます。IDCのリリースのタイトルも「12.1億の市場から規模化への拡張へ」としており、IDC自身が初期段階と位置づけています。中国でも、工業AIで収益の柱になっているのは、外観検査の判別モデルやプロセス制御の時系列モデルなど、大規模言語モデル以外の領域です(中控技术TPT 2を参照)。

よくある質問

日本の製造業AI市場と比べられますか

定義が揃った比較対象がないため、直接比較はおすすめしません。比べる場合は、同じ調査会社が同じ定義で日中両方を推計した数字を探し、それがなければ比較しないのが安全です。

12.1億元の内訳は公開されていますか

プレスリリースで公開されているのは総額と5類型の整理までです。業種別・製品別の内訳は報告書本体(有償)に含まれるとみられ、今回は確認していません。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。