ROIの式と、出発点になる「自社の停止損失」
予知保全の年間効果は、次の式で見積もります。
年間効果 =(回避できる停止時間 × 1時間あたりの停止損失)+ 保全費の削減額 − 誤報による無駄な点検コスト − 運用費
投資は、センサ・通信機器・エッジ機器・分析ソフトの導入費と、立ち上げの工数です。投資回収期間は、投資額を年間効果で割って求めます。
この式で最も効果を左右するのが「1時間あたりの停止損失」です。ここが大きい工場では予知保全の元が取れやすく、小さい工場では取れにくくなります。逆に言えば、自社の停止損失を推計しないまま予知保全を検討しても、投資判断はできません。
停止損失の公開データ
停止損失の水準をつかむ参考として、Siemensが2024年に公表した調査があります。
同じ調査では、Fortune Global 500企業の計画外停止による損失が年間約1.4兆ドル、売上の11%に当たると推計されています。業種によって1時間あたりの損失は2桁近く違うため、他社の数字をそのまま使わず、自社の数字で計算してください。
予知保全による効果の水準については、米エネルギー省(DOE)のO&Mベストプラクティスガイドが、保全コストの削減を予防保全比で8〜12%、事後保全比で30〜40%としています。Reliable誌はこれを保守的で予算説明に向く値と評価しています。一方、Deloitteが2017年の文書で示した「故障−70%」などの見出しの数字は出所が示されておらず、稟議には向きません。
自社の停止損失の推計方法
1時間あたりの停止損失は、次の3つを足して推計します。
- 失われた付加価値:停止した時間に作れなかった製品の限界利益。代替生産や残業で取り戻せる場合は、その追加費用に置き換える
- 復旧にかかる直接費用:緊急の修理工数、部品の特急手配、外部業者の費用
- 波及損失:後工程の停止、納期遅延のペナルティ、再立ち上げ時の不良
ここで重要なのは、ボトルネック工程かどうかです。ボトルネック工程の設備が止まると工場全体の生産が止まりますが、前後に仕掛在庫がある設備なら、短時間の停止は生産量に影響しないこともあります。MESの稼働実績と停止理由の記録があれば、過去の停止ごとに実際の生産影響を計算できます。
2つの計算例:停止損失で回収期間はここまで変わる
計算例1:停止損失の大きい組立工場
条件(仮定):ボトルネックのプレスライン1系統、主要設備10台。過去3年の突発停止は年平均6回、1回あたり平均4時間。1時間あたりの停止損失は1,500万円と推計。
| 項目 | 見積もり |
|---|---|
| 回避できる停止 | 6回のうち、兆候が測れる故障モードが4回。予知保全で計画停止に置き換えられるのを半分の2回と仮定 |
| 停止損失の回避 | 2回 × 4時間 × 1,500万円 = 1億2,000万円 |
| 計画停止に置き換えた分の損失 | 2回 × 1時間(計画停止)× 1,500万円 = 3,000万円 |
| 保全費の削減 | 緊急手配費用など 年300万円 |
| 誤報の点検コスト | 月2件 × 4時間 × 2人 × 5,000円 × 12か月 = 約100万円 |
| 運用費 | ソフト・通信・保守 年600万円 |
| 年間効果 | 1億2,000万 − 3,000万 + 300万 − 100万 − 600万 = 8,600万円 |
導入費が3,000万円なら、回収期間は半年弱です。停止損失が大きい工場では、回避できる停止が年に1〜2回でも十分に元が取れます。この場合の論点は、誤報を抑えることより見逃しを減らすことになります。
計算例2:設備台数の少ない中小工場
条件(仮定):工作機械8台の加工工場。ボトルネック設備はマシニングセンタ1台。突発停止は年2回、1回あたり平均16時間(部品待ちを含む)。1時間あたりの停止損失は5万円。
| 項目 | 見積もり |
|---|---|
| 停止損失の回避 | 年1回を計画停止に置き換え:16時間 × 5万円 = 80万円 |
| 計画停止に置き換えた分の損失 | 4時間 × 5万円 = 20万円 |
| 保全費の削減 | 部品の特急手配費など 年20万円 |
| 誤報の点検コスト | 月1件 × 2時間 × 1人 × 4,000円 × 12か月 = 約10万円 |
| 運用費 | クラウド月額サービス 年36万円 |
| 年間効果 | 80万 − 20万 + 20万 − 10万 − 36万 = 34万円 |
導入費が後付け無線センサとゲートウェイで50万円なら、回収期間は1年半程度です。中小工場では、運用費と誤報のコストが効果に占める割合が大きくなります。対象をボトルネック設備1台に絞ること、月額費用の安いサービスを選ぶことが回収の鍵です。補助金の活用も含めた進め方は中小工場の予知保全で整理しています。
稟議を通すための3つの工夫
1つ目は、効果を幅で示すことです。回避できる停止を「保守的・標準・楽観」の3ケースで計算し、保守的なケースでも回収できることを示すと説得力が増します。
2つ目は、先行指標を約束することです。停止の回避は年に数回しか起きないため、1年目の効果を数字で示しにくくなります。誤報率、アラームから点検までの時間、計画停止に置き換えた件数など、毎月測れる指標を合わせて報告対象にします。
3つ目は、データ基盤の費用を分けて示すことです。センサデータを設備IDで整理し、MESの稼働実績と結ぶ基盤は、予知保全だけでなく品質分析や省エネにも使えます。予知保全単独の費用に載せると回収期間が長く見えるため、共通基盤として別建てにする方が実態に合います。ROI全般の考え方は製造業AIのROI試算を参照してください。
よくある質問
停止損失が小さい工場では予知保全は不要ですか?
停止損失だけで見れば効果は小さくなります。ただし、緊急修理の残業や特急手配の負担、保全担当者の高齢化による対応力の低下など、金額に表れにくい課題がある場合は、それを含めて判断してください。
効果はどのくらいの期間で確認できますか?
停止の回避は年単位でしか確認できません。1年目は誤報率や点検の前倒し件数で運用が回っているかを確認し、2年目以降に停止時間の推移で効果を評価するのが現実的です。
ベンダーの「投資回収◯か月」はどう読めばよいですか?
どの業種・設備・停止損失を前提にした計算かを確認してください。停止損失の大きい業種の事例を、停止損失の小さい自社に当てはめると、回収期間を大きく見誤ります。
