前年比較では省エネ効果を証明できない
工場のエネルギー使用量は、生産量、品目構成、外気温、稼働日数で大きく変わります。生産量が10%減れば、何もしなくても電力は減ります。夏が涼しければ空調の電力が減ります。前年同月と比べた削減率は、これらの影響と省エネの効果が混ざった数字です。
AIによる最適制御や運用改善の効果を主張するとき、この補正をしていない報告は少なくありません。社内の稟議では通っても、顧客への報告や補助金の実績報告、第三者の検証では説明できなくなります。生産量の変動を補正せずに削減効果を主張することは、省エネAIの典型的な失敗の1つです。
ISO 50001のベースラインの考え方
ISO 50001はエネルギーマネジメントシステムの国際規格です。エネルギー性能を、エネルギーベースライン(EnB)と、エネルギー使用に影響する関連変数で正規化して評価する考え方をとります。関連変数とは、生産量、外気温(冷暖房度日)、稼働時間など、エネルギー使用量を左右する要因のことです。
米国エネルギー省(DOE)は、ISO 50001認証や50001 Readyを実践する施設は3年でエネルギー性能を最大30%改善でき、産業プラントでは実施開始から15か月で平均約12%のエネルギーコストを削減したとしています。これらの数字も、関連変数で正規化した上での評価が前提です。
ベースラインを作る手順
- 対象範囲を決める:工場全体か、設備群か、個別設備か。範囲が小さいほど関連変数を特定しやすい
- 関連変数の候補を挙げる:生産量(品目別の重み付けが必要な場合あり)、外気温・冷暖房度日、稼働時間、段取り回数
- 対策前の期間を決める:季節変動を含むよう、原則12か月以上
- 回帰モデルを作る:まず線形回帰で、関連変数ごとの係数が技術的に説明できるかを確認する
- 精度を確認する:決定係数や誤差の大きさを確認し、説明できない外れ値(設備の故障月など)の扱いを決める
- 対策後の実績と比べる:対策後の関連変数をベースラインに入れて「対策しなかった場合」の使用量を出し、実績との差を効果とする
AIを使う場合は、4の回帰に勾配ブースティングなどの機械学習を使い、非線形な関係(外気温が一定以上で空調負荷が急増する、など)を扱えるようにします。ただし、説明が難しいモデルは監査や顧客への報告で理解されにくいため、線形回帰と機械学習の両方を作って結果を比べ、差が小さければ線形回帰を報告用に使うのが実務的です。
品目構成の違いをどう扱うか
多品種を生産する工場では、「生産量」を単純な個数や重量で表すと、品目構成の変化による影響を補正できません。エネルギーを多く使う品目の比率が上がれば、同じ個数でも使用量は増えます。
対処法は2つあります。品目ごとの標準的なエネルギー原単位で重み付けした「換算生産量」を使う方法と、品目別の生産量をそれぞれ関連変数として回帰に入れる方法です。どちらも、品目ごとのエネルギー使用量を把握していることが前提になり、MESの稼働実績と設備別の電力を紐付けたデータが必要です。原単位の出し方は電力データとMES稼働実績を紐付けるで扱います。
| 誤り | 何が起きるか | 対処 |
|---|---|---|
| 前年同月と比べるだけ | 減産や気候の影響を省エネ効果と誤認 | 関連変数で回帰したベースラインと比べる |
| 対策前の期間が短い | 季節変動をベースラインに取り込めない | 原則12か月以上 |
| 品目構成を無視 | 高負荷品目の比率変化で効果がぶれる | 換算生産量か、品目別の変数を使う |
| 対策後にベースラインを作り直す | 効果が見えなくなる、または過大になる | ベースラインは固定し、設備の大きな変更時だけ見直す |
| 複数の対策の効果を合算 | 同じ削減を二重に数える | 対象範囲を分けるか、対策の順に効果を測る |
報告の単位をそろえる
効果を報告するときの単位も決めておきます。kWhの削減量、エネルギー原単位の改善率、金額のどれで示すかによって、同じ取り組みでも印象が変わります。経営への報告では金額、現場の改善では原単位、取引先への報告ではCO2換算量が求められることが多いため、ベースラインからそれぞれを計算できるようにしておくと、報告ごとに計算し直す手間が省けます。
PoCの評価に組み込む
省エネAIのPoCでは、評価方法を開始前に決めておかないと、結果が出た後で「効果があったのか」の議論になります。PoC計画書には、対象範囲、関連変数、ベースラインの期間、効果の計算式、外れ値の扱いを書いておきます。PoCの設計全般は製造業AIのPoC設計を参照してください。
工場の省エネAI全体の進め方は工場の省エネAIで扱っています。
よくある質問
ベースラインの期間はどのくらい必要ですか
季節変動を含めるため、原則12か月以上です。空調の影響が小さい設備に限るなら短くできますが、その場合も生産量の変動が十分含まれる期間を選びます。
機械学習でベースラインを作ってもよいですか
使えますが、監査や顧客への報告では説明しやすさが求められます。線形回帰と機械学習の両方を作り、差が小さければ線形回帰を報告に使うのが実務的です。
ISO 50001の認証を取らないとこの方法は使えませんか
認証は不要です。関連変数でエネルギー性能を正規化するという考え方は、認証の有無にかかわらず省エネ効果を説明する標準的な方法です。
