報じられた内容と、分かっていないこと

扬子晚报は2026年2月11日、中国の製造業のAI活用を伝える記事のなかで、格力电器が溶接のベテランを「AIトレーナー」とし、その技能を溶接機の学習データに変えていると紹介しました。格力は空調大手で、珠海の工場ではAIモデル155個を組み込み、管理効率を46%高めたとも報じられています(中国经济周刊、2026年1月30日)。

ただし、公開されている情報はここまでです。どの溶接工程で、どのようなデータ(電流・電圧・トーチの角度や速度・ビード画像など)を取り、どのような学習方法で溶接機に反映させているか、そして品質や生産性にどんな成果が出たかは、今回参照した資料では確認できませんでした。この記事では、報じられた方向性をもとに、技能伝承AIの設計としてどう考えられるかを整理します。具体的な仕組みについての記述は推測を含みます。

「人に教える」から「機械に教える」へ

技能伝承AIには、大きく2つの方向があります。

方向狙い熟練者の役割データの形例
人に教える若手が熟練者の水準に早く到達する手本を見せる・説明する動画、作業手順、判断のポイントの記録日本の動画マニュアル、ナレッジ動画、RAGによる暗黙知の検索
機械に教える熟練者の技能を設備やロボットの動作に組み込む学習データを作る(AIトレーナー)溶接条件、動作の軌跡、結果の品質格力の「AIトレーナー」(報道)、溶接条件を自動生成するAI

日本でも「人に教える」方向の取り組みは多く、たとえば金沢の金箔工芸メーカー箔一は、職人の手元の動き・道具の角度・力加減をスマホ動画で伝承しています(ITmedia ビジネス、2026年10月7日)。動画マニュアルによる技能伝承は動画マニュアルで技能伝承で扱っています。

「機械に教える」方向の取り組みも日本にあります。ファナックは2026年9月11日、Google Cloudと協業した「AI溶接エージェント」を発表しました。部品図面から材料と形状を読み取り、溶接条件(電流・電圧)とロボットの動作を自動で生成する仕組みで、2026年12月末の出荷を予定しています(同社発表)。こちらは熟練者のデータから学ぶというより、図面から条件を生成する方向です。

人に教える技能伝承と機械に教える技能伝承 熟練者の技能条件・動き・判断 人に教える動画・手順・RAG→ 若手が習得 機械に教える熟練者=AIトレーナー→ 溶接機・ロボットが実行 両方を組み合わせる工場も多い
技能伝承AIの2つの方向。格力の取り組みは、熟練者を「AIトレーナー」として機械に技能を移す方向にあたる。

機械に教える場合の設計上の判断

熟練者の技能を溶接機に学ばせる場合、どのような設計判断が必要になるかを整理します。格力の具体的な方法は公表されていないため、以下は一般的な技能データ化の観点からの整理です。

1つ目は、何をデータとして取るかです。溶接であれば、電流・電圧・ワイヤ送給速度などの溶接条件、トーチの角度や移動速度、そして結果としてのビード形状や内部欠陥の有無が候補になります。熟練者の技能は、ワークのばらつき(隙間、板厚、汚れ)に応じて条件や動きをどう変えたかという「調整」に表れるため、ワークの状態もあわせて記録する必要があります。

2つ目は、正解をどう決めるかです。熟練者の溶接がすべて良品とは限りません。外観検査や破壊試験の結果と結びつけて、良い溶接のデータだけを学習に使う仕組みが必要です。溶接部の品質判定は溶接外観検査AIで扱っています。

3つ目は、熟練者の協力をどう得るかです。「AIトレーナー」という呼び方には、熟練者を置き換えられる側ではなく、AIを育てる役割として位置づける意図があると読めます(推測)。自分の技能が機械に移されることへの抵抗感は、日本の工場でも中国の工場でも起こりうる問題です。

自社で検討するときの手順

職人技のデータ化の進め方は溶接・研磨など職人技のデータ化で、技能伝承AI全体の分類は技能伝承AIとはで整理しています。

よくある質問

格力の「AIトレーナー」の成果は公表されていますか?

今回参照した資料では、具体的な成果の数字は確認できませんでした。扬子晚报の記事は取り組みの方向性を紹介したもので、対象工程やデータの取り方も詳しく示されていません。

日本にも同じような取り組みはありますか?

「機械に教える」方向では、ファナックが2026年9月に図面から溶接条件とロボット動作を生成するAI溶接エージェントを発表しています。熟練者のデータから学ぶ方式とは異なりますが、溶接の条件設定をAIに担わせる点は共通しています。

熟練者の技能はすべてデータ化できますか?

すべてはできません。条件や動作の数値は記録できますが、熟練者が何を見て判断しているかは、聞き取りや観察で補う必要があります。データ化できた部分とできない部分を分けて、できない部分は人への伝承で補う組み合わせが現実的です。

この記事に出てくる用語

用語集(日・英・中)をすべて見る

この特集について

中国の「AI+製造」を追う

工業大模型、政策と補助金、日系工場への影響。日本語圏に届いていない一次情報 全75本

  1. 中国「人工智能+」行動意見とは:2027年に智能体普及70%超が製造業に意味すること
  2. 中国「AI+製造」専項行動(2026年1月)全解説:7分野21措置と2027年目標
  3. 中国データ越境規定(16号令)と日系工場:製造データを日本へ送れるか
  4. 中国「AI+製造」が日系企業に与える影響:競争・調達・規制の3つの視点
特集の記事をすべて見る →

この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。