3つの検証で公表されている内容

日立は「HMAX Industry」の名前で、設備・品質・設計の業務に向けたAIエージェント群を展開しています。設備故障診断に関して公表されている取り組みは、次の3つです。

取り組み開始時期対象公表されている状況
ダイキン工業の工場での試験運用2025年4月23日工場設備の故障診断対応時間の半減を目標に試験運用を開始
日立の機器向け生成AIエージェント2025年12月18日提供開始空気圧縮機・給水ポンプ・産業用インクジェットプリンター(FitLive接続機器)アラーム時に取扱説明書・稼働データ・サービスエンジニアのノウハウを統合したDBを参照し、対処法を対話形式で提示
三菱ケミカル東海事業所(四日市)との共同検証2025年12月プロセス産業の設備P&ID・設備図面をナレッジグラフ化し、保全記録と故障原因分析の手順を学習。熟練技術者と同等以上の速さ・正確さで原因を特定できるかを確認する段階

総務省の令和8年版情報通信白書は、ダイキン工業と日立の故障診断AIエージェントについて、設備図面や保全記録をナレッジグラフとして取り込み、多言語対応で海外拠点でも利用できると紹介しています。同白書は、現場から設備制御への対応も要望されていると記しています。

データと知識の教訓

教訓1:ナレッジグラフが「前提」で、LLMは後段

3つの取り組みに共通するのは、LLMに文書を読ませる前に、設備の構成・部品・故障モード・対処の関係をナレッジグラフ(モノとモノの関係をネットワーク状に表したデータ)として整理している点です。三菱ケミカルの検証では、P&ID(配管計装図)と設備図面をグラフ化し、そこに保全記録と日立独自の故障原因分析プロセスを重ねています。

保全の領域でグラフ構造が効くのは、「このポンプの吐出圧低下は、上流のストレーナ詰まりか、インペラ摩耗か、下流バルブの開度か」のように、原因が設備のつながりに沿って広がるからです。文書の類似度だけで検索するベクトル検索では、このつながりをたどれません。詳しくはナレッジグラフ×生成AIで扱っています。

設備故障診断AIエージェントの構成。ナレッジグラフ、稼働データ、保全記録、エージェント、保全員 図面・P&ID→ ナレッジグラフ 稼働データアラーム・センサ値 保全記録・取説過去の対処と結果 診断エージェント原因候補と確認手順 保全員が確認・対処 結果を保全記録へ
故障診断エージェントは、設備のつながり(グラフ)と稼働データ・保全記録を組み合わせて原因候補を絞る。

教訓2:保全記録の質が上限を決める

故障診断エージェントが参照する過去の対処は、保全記録(CMMS)から来ます。「異常あり、調整済み」のような記録しか残っていなければ、エージェントは何も学べません。現象、原因、対処した部品、結果の4項目が残っているかを、導入前に過去1年分ほどで確認してください。記録の改善方法は保全記録を予知保全AIの教師データにするが参考になります。

運用と評価の教訓

教訓3:熟練者の「考え方」を手順として入れる

三菱ケミカルの検証では、文書や記録だけでなく、STAMP(システム理論に基づく事故分析手法)などに基づく故障原因分析の手順そのものを学習させるとしています。熟練者が持っているのは個々の事例の記憶だけでなく、原因を絞り込む順番です。この順番を明文化して手順として与えると、記録にない新しい故障でも、確認の進め方を提示できます。

教訓4:「提案」と「設備操作」を分ける

情報通信白書が触れているように、現場からは設備制御への対応も要望されています。しかし、診断エージェントがリセットや条件変更を直接実行する構成は、誤った診断がそのまま設備の動作になるリスクを持ちます。当面は「原因候補と確認手順を提示し、操作は保全員が行う」という線引きを守り、操作系への拡張は承認ゲートと監査ログを設計してから検討します。権限設計はAIエージェントにMES・ERPを操作させる権限設計で扱っています。

教訓5:評価は熟練者との比較で行う

三菱ケミカルの検証が「熟練技術者と同等以上の速さ・正確さ」を基準にしているのは、自社で評価するときの参考になります。過去の故障事例を20〜30件選び、熟練者が原因にたどり着いた時間と、エージェントの提示した原因候補の順位を比べると、効果を具体的に示せます。

よくある質問

ナレッジグラフは自社で作れますか

小規模なら、設備台帳と部品表から設備・部品・故障モードの関係を表にまとめるところから始められます。P&IDの読み取りなど大規模な構築は、ベンダーの支援を受けるのが一般的です。

予知保全AIと故障診断エージェントは何が違いますか

予知保全AIは、センサデータから故障の兆候を早く検知する仕組みです。故障診断エージェントは、アラームや兆候が出た後に、原因の絞り込みと対処を支援します。両者を組み合わせると、検知から対処までがつながります。

海外拠点でも使えますか

ダイキン工業と日立の故障診断エージェントは多言語対応で海外拠点でも使えると紹介されています。ただし、ナレッジの元になる保全記録が拠点ごとに言語やコード体系が違う場合は、統合の作業が別に必要です。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。