7割がパイロットで止まるという数字の出どころ
「パイロット煉獄」という言葉を製造業で広めたのは、McKinseyが2018年7月に公表した「Digital manufacturing: escaping pilot purgatory」です。7市場・700社超を調査し、デジタル製造ソリューションを全社展開できた企業は約30%(業界別に20〜34%)だったと報告しました。その後、複数の調査が同じ傾向を示しています。
| 調査 | 時期・対象 | 数字 | 何を数えているか |
|---|---|---|---|
| McKinsey | 2018年7月、7市場・700社超 | 全社展開できた企業 約30% | デジタル製造ソリューションの全社展開 |
| McKinsey | 2019年2月、グローバル調査 | 先に進めなかった企業 78% | インダストリー4.0のパイロットを始めた企業のうち |
| WEF | 2020年(2021年4月報道) | パイロット段階にとどまる企業 74%(前年56%) | インテリジェント工場の取り組み |
| BCG | 2024年10月、CxO 1,000人・59か国 | AIで先進的な企業 4%、リーダー22% | 全業種のAI能力(製造業限定ではない) |
| Gartner | 2024年8月予測 | 生成AIの30%以上がPoC後に放棄 | 2025年末までの生成AIプロジェクト |
数字はどれも「7割前後が止まる」と読めますが、対象も定義も違います。McKinseyの2018年調査はデジタル製造全般、WEFはインテリジェント工場、Gartnerは生成AIです。社内資料で引用するときは、「どの調査の、何の割合か」を必ず添えてください。1つの数字だけで「AIの7割は失敗する」と言い切るのは正確ではありません。
調査が挙げる「止まる理由」は技術以外が中心
McKinseyの2018年調査で挙がった障壁は、人材69%、ROIの欠如61%、ビジョンの欠如59%、IT環境の不備44%超でした。C-levelの責任者を置いている企業は36%、モデル工場(ライトハウス)を設けている企業は25%にとどまりました。
2019年の資料は、パイロットが止まる理由として次の5つを挙げています。
- 短期の成果では事業性を正当化できない
- ITシステムとデータの統合が難しい
- 部門間の連携が弱い
- 声の大きい推進者に合わせた設計になる
- 組織・文化の変化を過小評価する
BCGは2024年10月の調査で、AIの資源配分の目安を「人とプロセスに70%、技術とデータに20%、アルゴリズムに10%」としました。アルゴリズムへの投資比率が最も小さいという点は、McKinseyの障壁の順位と整合しています。
製造業で煉獄が深くなる構造
製造業には、他業種より煉獄から抜けにくくする事情があります。現場でAIの立ち上げに関わってきた立場から見ると、次の3点が大きいと考えます(以下は当編集部の見立てです)。
1つ目は、ラインごとに設備・タグ・品番体系が違うことです。1ライン目で作ったデータの前処理は、2ライン目では使えないことが多く、横展開のたびに同じ作業を繰り返します。2つ目は、1件あたりの効果が小さいことです。1ラインの不良率改善は金額にすると小さく、PoCの費用を正当化しにくい一方、全ラインに広げれば大きくなります。つまり、横展開できる見込みがないと事業性が成り立たない構造です。3つ目は、IT環境の不備です。McKinseyの調査でも44%超が挙げていますが、制御ネットワークのデータを上位に出す経路、MESと時系列データの紐付けが用意されていない工場では、テーマごとにそれを一から作ることになります。
抜け出すために最初に変える2つのこと
煉獄から抜けた企業の取り組みを調査と照らし合わせると、最初に変えるべきことは2つに絞れます。
1つ目は、横展開のコストを1ライン目で見積もることです。PoCの段階で、2ライン目以降に必要なセンサ追加、ラベル付け、再学習、タグの統一、運用人員の費用を概算します。全ラインに広げたときの効果と費用が並ぶと、PoCは「技術検証」ではなく「投資判断の材料」になります。具体的な見積もり項目はPoCから全ライン展開へ:12項目チェックリストにまとめています。
2つ目は、データ基盤をユースケース共通の資産として作ることです。設備データの収集、MESのロット・品質データとの紐付け、命名規則とマスタ、結果の書き戻しを、特定のAIテーマのためではなく工場の標準として整備します。McKinseyの2018年調査では、工場の半数以上をカバーする全社的なデータレイクを持つ企業は20%でした。共通の基盤がなければ、AIのテーマが増えるたびに同じ作業を繰り返すことになります。段階的な作り方はデータ基盤の段階的導入ロードマップで扱っています。
調査を自社の判断に使うときの注意
ここで挙げた調査は、主に海外の大企業を対象にしています。日本の中堅・中小製造業にそのまま当てはまるとは限りません。IPAの「DX動向2025」では、DXの成果が出ている日本企業は6割弱で、米国・ドイツの8割以上と差がありました。DX人材の「量」が不足していると答えた日本企業は85.1%です。国内では、人材とデータ整備の両方がより強い制約になっていると読めます。
また、パイロット段階にとどまること自体が常に悪いわけではありません。効果が出ないと分かったPoCを止めるのは正しい判断です。問題は、判断の場がないまま検証が延長され続けることです。PoCごとに中止条件と判断者を決めておくことが、煉獄に入らないための最低条件です。PoCそのものの設計手順は製造業AIのPoC設計を参照してください。
よくある質問
74%と78%はどちらを引用すべきですか?
目的によります。製造業のスマート工場の文脈ならWEF(2020年、74%)、インダストリー4.0のパイロット全般ならMcKinsey(2019年、78%)です。どちらも定義が異なるため、引用時は調査名・年・対象を併記してください。
PoCを何本並行して走らせるのが適切ですか?
本数より、各PoCに中止条件と判断者があるかが重要です。データ基盤が共通化されていない段階では、並行本数を増やすほど個別のデータ作業が増えるため、2〜3本に絞り、基盤の再利用を確認しながら進める方が結果的に速くなります。
経営層に煉獄の問題をどう説明すればよいですか?
「1件ずつは小さな効果しかなく、全ラインに広げて初めて投資が回収できる。だから横展開できる仕組みに先に投資する」という構造で説明すると伝わりやすくなります。横展開時の効果額と費用を1枚にまとめて示してください。
- Digital manufacturing: escaping pilot purgatory(McKinsey, 2018年7月)
- Moving past the pilot trap to unleash Industry 4.0 in Indonesia(McKinsey, 2019年2月)
- Three-Fourths of Intelligent Factory Initiatives Stuck in Pilot Stages(RTInsights, 2021年4月28日)
- BCGプレスリリース:AI導入調査2024(BCG, 2024年10月24日)
- Gartner predicts 30% of generative AI projects will be abandoned after proof of concept by end of 2025(Intelligent CIO, 2024年8月5日)
- DX動向2025(IPA, 2025年7月9日)
この記事に出てくる用語
AIは「データ基盤」で決まる
PoCは成功したのに本番で止まる。原因の多くはモデルではなく、MESと設備データの側にある 全130本
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