出荷実績は「需要」ではない

最も多い誤りは、ERPの出荷実績をそのまま需要として学習させることです。在庫が切れていた期間は、需要があっても出荷できません。その期間の出荷は需要を下回り、AIは「この時期は需要が少ない」と学習します。結果として次の同時期にも少なめに予測し、再び欠品するという悪循環が起きます。

学習に使う系列は、優先順に次のとおりです。

  1. 受注実績(顧客が欲しいと言った数量と希望納期)
  2. 出荷実績+欠品・受注残の記録(欠品期間を補正できる)
  3. 出荷実績のみ(欠品期間にフラグを立て、学習から除外または補正する)

受注生産と見込み生産が混在する工場では、品目ごとにどの系列を使うかを決めておきます。

必要な履歴の長さと粒度

季節性を捉えるには最低2周期分の履歴が目安です。月次予測なら2〜3年、週次で年間の季節性を見るなら2年以上になります。1周期分しかないと、季節変動と一時的な変動を区別できません。

粒度は、予測を使う業務の粒度に合わせます。生産計画が週次なら週次、調達が月次なら月次です。細かい粒度で予測して集計するほうが精度が上がる場合もありますが、細かくするほどゼロの多い間欠的な系列が増えます。

データの所在と整え方

データ主な所在よくある問題整え方
受注・受注残ERP(販売管理)変更・キャンセルの履歴が上書きされる受注時点の数量を履歴として保存
出荷実績ERP・倉庫管理欠品期間が判別できない在庫ゼロの期間をフラグ化
在庫・生産実績MES・倉庫管理ERPと計上タイミングがずれる日次の締め時刻をそろえる
品番マスタERP・PLM改番・統合で系列が途切れる新旧品番の対応表で系列を接続
説明変数営業・マーケ・外部販促・価格・内示が記録されていない予測時点で分かっていた値だけ保存
カレンダー人事・生産管理稼働日・顧客の休日が反映されない稼働日数を特徴量にする

品番の改番と統合は、製造業特有の大きな問題です。設計変更で品番が変わると、旧品番の履歴が途切れ、新品番は「履歴のない新製品」に見えます。新旧品番の対応表を作り、系列をつなぐルール(1対1は連結、1対多は比率で按分など)を決めておく必要があります。この作業はAIの前にマスタ整備と同じ手順で進められます。新製品の扱いは新製品・品番切替の需要予測を参照してください。

受注・出荷・在庫データから欠品補正と品番接続を経て学習データを作る流れ 受注・出荷(ERP) 在庫・生産(MES) 品番マスタ(PLM) 欠品期間の補正 新旧品番の接続 説明変数の結合 学習データ
需要予測の学習データを作る流れ。欠品補正と系列接続が精度を左右する。

データを抽出するときは、ERPの帳票やCSV出力をそのまま使うより、日次または週次の締めで「受注」「出荷」「在庫」「欠品フラグ」を1行にまとめた中間テーブルを作るほうが、後の作業が楽になります。この中間テーブルは需要予測だけでなく、在庫最適化や生産計画のAIでも共通の入力として使えます。データ基盤を個別のPoCごとに作り直さないことが、2つ目、3つ目の用途に広げるときの費用を大きく左右します。

欠品期間の補正方法

欠品期間を特定できたら、その期間の需要をどう扱うかを決めます。代表的な方法は3つです。

方法やり方向く場面
除外欠品期間を学習データから外す欠品が短期間・まれな品目
補完前後の期間や前年同期の水準で埋める欠品が季節のピークに重なった品目
受注残で再構成欠品中に入った受注(受注残)を需要として加える受注残の記録がある品目

受注残で再構成する方法が最も正確ですが、顧客が欠品を知って発注を控えた分(潜在需要)は記録に残りません。欠品が頻繁な品目では、補正しても需要を過小評価している可能性があることを前提に、安全在庫に余裕を持たせます。

どの方法を使ったかは品目ごとに記録しておきます。モデルの精度が品目によって大きく違うとき、原因がデータの補正方法にあることが少なくありません。

説明変数は「予測時点で知り得た値」だけを使う

販促、価格改定、顧客の内示、稼働日数などの説明変数は精度を上げます。ただし学習データに入れてよいのは、予測を出す時点で知り得た値だけです。後から確定した内示数量を過去にさかのぼって入れると、評価では当たるのに本番では当たらないモデルになります。内示は「いつ時点の内示か」を版として保存してください。

よくある質問

受注実績が残っていない場合はどうしますか?

出荷実績を使い、在庫ゼロの期間にフラグを立てて学習から除外するか、前後の水準で補正します。並行して、受注時点の数量を履歴として保存する仕組みを作ってください。

履歴が1年しかない品目は予測できませんか?

季節性の推定は難しくなりますが、類似品の季節パターンを借りる方法や、多数の品目をまとめて学習するクロスラーニングで補えます。単独品目で季節性を推定しようとしないことが大切です。

外部データ(景気指標など)は入れるべきですか?

効果は品目によって大きく異なります。まず社内データで基準モデルを作り、外部データを足して精度が上がるかを同じ評価期間で確かめてから採用してください。

この記事に出てくる用語

用語集(日・英・中)をすべて見る

この特集について

AIは「データ基盤」で決まる

PoCは成功したのに本番で止まる。原因の多くはモデルではなく、MESと設備データの側にある 全130本

  1. MESとAIの関係:ロット・作業指示・品質判定がAIの精度を決める理由
  2. 製造業AIが本番で止まる7つの理由:PoCは成功したのにラインに載らない構造
  3. 製造業のAI-OCR:紙の検査記録・点検表・ミルシートをデータ化する手順
  4. データ基盤の段階的導入ロードマップ:ユースケースから逆算する8ステップ
特集の記事をすべて見る →

この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。