EUでは雇用分野のAIとして高リスクに当たる
EU AI ActのAnnex III第4項は、雇用・労務管理の分野で使うAIを高リスクに分類しています。具体的には、採用や選考、昇進や解雇の判断、個人の行動や属性に基づくタスクの割当、従業員のパフォーマンスや行動の監視・評価に使うAIです。
工場のAIに当てはめると、作業者の動作を撮影してサイクルタイムを個人ごとに測り、評価や配置に使うシステムは、この区分に該当しうります。AI Omnibusにより、Annex IIIの高リスク義務は2027年12月2日から適用されます。欧州に工場を持つ日系企業にとっては、本社で開発した作業分析AIをそのまま欧州拠点に展開すると、規制対象になる可能性があるということです。EU側の条文の読み方は作業者を監視するAIはEU AI Actの高リスクで詳しく扱っています。
一方、安全目的のAI(危険エリアへの侵入検知、保護具の着用確認)は、作業者を撮影する点では同じでも目的が異なります。ただし、安全カメラの映像を後から個人の評価に使えば、評価目的のAIと同じ扱いになりえます。目的を変えないことが規制上も信頼関係の上でも重要です。
日本の法的な位置づけ
日本には、EU AI Actのように作業者監視AIを特定して規制する法律はありません。ただし、関係する法律と指針はあります。
- 個人情報保護法:作業者を識別できる映像や位置データは個人情報になりうる。利用目的の特定と通知・公表が必要
- 労働関係の法令:就業規則の変更や労働条件に関わる事項は、労働組合や従業員代表との手続きが必要になる場合がある
- AI推進法と適正性指針(2025年12月決定):法的拘束力はないが、「関係者への配慮」を5分野の1つに挙げている
令和8年版労働経済白書は、労使双方がAIと働くための人的資本に投資した場合に、仕事の質が改善すると分析しています。作業者に関わるAIは、法的に許されるかどうかだけでなく、従業員の理解を得られるかどうかで定着が決まります。
日本で導入するときの配慮5点
1. 目的を文書で限定する
「工程の標準時間の見直し」「新人教育の教材作り」など、目的を具体的に書き、それ以外に使わないことを明記します。とくに「個人の人事評価には使わない」かどうかは、最初に決めて従業員に示します。
2. データの粒度を目的に合わせて落とす
工程改善が目的なら、個人を特定できる映像を長期保存する必要はありません。骨格推定の結果だけを残して映像は短期間で消す、顔をぼかす、集計値だけを残す、といった方法で、目的に必要な粒度に落とします。
3. 保存期間とアクセスできる人を決める
映像や個人別のデータを誰が見られるかを決めます。保存期間は目的から逆算し、標準時間の見直しが目的なら分析が終わった時点で個人を特定できるデータを消す、といった具体的な期限を書きます。MESの作業実績に作業者IDが記録されている場合、動画分析の結果とMESの実績を結び付けると個人が特定できるようになるため、データを結合する際の制限も決めておきます。現場の監督者が個人の映像をいつでも見られる状態は、監視と受け取られやすい運用です。
4. 導入前に労使で協議する
労働組合や従業員代表に、目的、取得するデータ、保存期間、使わないことを説明し、合意してから始めます。進め方は作業分析AIで「監視」と受け取られないためにで6項目に整理しています。
5. 作業者本人に結果を還元する
分析結果が作業者の負担軽減(重い作業の改善、無理な姿勢の解消)や、本人の技能向上に使われることを示します。データを取られるだけで本人に何も返らない仕組みは続きません。
よくある質問
作業分析AIで標準時間を見直すだけでも高リスクになりますか
個人を特定せず、工程単位の集計で標準時間を見直すだけであれば、従業員のパフォーマンス監視には当たりにくいと考えられます。ただし、結果を個人の評価やタスク割当に使うと該当しうるため、使い道を文書で限定することが重要です。
日本の工場でも作業者の同意は必要ですか
法律上、個人情報の取得に常に本人の同意が必要なわけではありませんが、利用目的の通知・公表は必要です。実務上は、労使協議を経て従業員に説明し、理解を得てから導入するのが、定着の面でも望ましい進め方です。
外国人の作業者が多い工場で注意することはありますか
説明資料を母語で用意し、何のために何を取得するかが確実に伝わるようにします。理解されないまま導入すると、監視への不安から離職につながるおそれがあります。
